2026年5月4日月曜日

本『スマホ認知症』:スマホやネットの高性能化が人間を劣化させる…?

何となく内容も想像できると思ったので軽い気持ちで読んだのだが、いくつかの新しい視点や考えも入っていて、それなりに面白かった。

想定読者(読んで欲しい人)は主に若者(スマホ世代?)だと思うが、一番本を読まない世代かもしれない…(^^;)。

📗スマホ認知症(西岡壱誠 著)




「デジタル認知症」「スマホ認知症」といったものは、2007年頃から言われている。2018年には、「ゲーム障害」(ゲーム依存)が世界保健機関(WHO)によって「病気」と認定された。


SNS のマイナス面が話題になったり議論されるようになって久しいし、最近では "AI" に関する様々な面での問題が浮上してきている。

にもかかわらず、こういう本が出版されて注意を促す必要があるということは、問題はほとんど解決していない(対策が取られてない)ことを示しているのだろう。


この本を読んで思ったことの一つ(問題の大元?)は、インターネット、スマホ、SNS、ゲーム、動画プラットフォーム、AI 等々、デジタル世界の進化に人間が追いついていない、というか「デジタルの進化に人間が翻弄されている」「デジタル世界が人間を劣化させている」のではないか?…ということ。

スマホを通してデジタル世界を使っているつもりの人間が、逆にデジタル世界にいいように弄ばれている。人間が本来持っているはずの「自分で考える、自分を成長させる…といった意志」の欠如はかなり深刻になっているのではないか…?

「デジタル世界」の裏には、それを作り出し操作している「界隈」があり、その界隈の住人は「貪欲過ぎる金儲け主義者」たちであることを忘れてはならない。


以下、感想文…というか、触発されて考えたことなど。


スマホや SNS に問題があるのは確かだが、本人の「自分で考える、自分の考えを作り上げる、自分の能力(パフォーマンス)を上げる、自分の質を上げる…等々」の意識の欠如の方が大きいのでは?…と個人的には思う。

ついでに、「コスパ、タイパ」等の(私の嫌いな)言葉が流行っている?が、重要なのは分母(コスト、タイム)ではなく分子(価値、得られるもの、目的など)だと思う。

その価値や目的などの内容を考えたり理解すること、そしてそれを獲得・達成することの方が重要であるはずなのに、分母(コスト、タイム)のカットばかり見ているのは実にヘン。


学習とは本来 "瞬間の勝負"(教室での授業時間内で学び取る)」(一期一会?)のはずだが、写真や動画で記録してあとで見ればいい…的な考えが横行している。

ネットやスマホが「外部記憶」化していて、必要ならそのデータにアクセスすればいい…と思っているらしい。

そうすることで、自分の頭は空っぽ(無知)になり、データを理解したり色々と解釈し直したり疑問を持ったり、さらには他のデータと付き合わせたり組み合わせたり…といった「知的作業」能力が身に付かなくなっていることに気付きもしない…。

この本にも「自分の中で知識を構造化する力」という言い方が出てくる。


「『見てるだけで満足してしまう』という "見かけの学習" に陥っている」と書いてある。

「見かけの学習」は、「見たという事実」と「見た内容を理解(学習)すること」の違いを理解していない…ということになるのだろう。受け身的な態度でもある?

学習だけでなく、映画・ドラマ・音楽などに対しても「見かけの鑑賞」というのがあるような気もする。早送りで映画を観るなどといったことは、私の世代には思いもよらない…(^^;)。


「本も参考書も(雑誌も)情報過多の時代」はなるほどと思った。最近は、TVの画面も雑誌の表紙や中身も「これでもか!」というほど「盛り盛り」で汚い(ものが多い)。あと、ご丁寧にも太字にしたりマーカーをつけたりした文章は本当に嫌だ。

個人的にはそういうものは読みにくいし、単純にテキストだけで(論理的に)説明された方が頭に入りやすいし、自分で考える余白みたいなものを感じるのだが…。

これは、コンテンツを作る側や出版社、メディアなどの責任が大きそうだ。


幻想振動症候群」というのは初めて知った。グーグル AI によると、

「幻想振動症候群(ファントム・バイブレーション・シンドローム)は、スマホが振動していないのに『ブルッ』と震えたように錯覚する現象です。主な原因は、仕事や人間関係のストレスで着信に過敏になる『脳の誤作動』や軽いスマホ依存です」

…とのこと。


学習や体験や記憶はもともと「身体」との関連が大きい。スマホやデジタルの大きな問題の一つが「身体性の欠如」だと考えられる。

本当に勉強をしようと思ったら、よくできたシンプルで論理的な紙の教科書を使って(書き込みやマーキングもしながら)、自分の頭で考えて、紙のノートに自分の手で文字を書いてまとめ直したり、場合によったら声に出して読み直したりしながら…みたいなことが必要なのかも知れない。


まとめるつもりはないが、パソコンを使う時間が多い自分自身の反省も込めた思い。

もっとリアルな自分自身、人間、人間の知性、生活環境(社会、自然、ネットワーク)、出来事、人間の活動、世の中の動きやその背景・仕組みなど…を見る・知る必要がある。

でも、なかなか分からない…(^^;)。

インターネット、SNS、各種プラットフォーム、各種 AI などの登場によって変わり果てた現在の「世界」の姿を分かりやすく説明してくれる天才・賢人・哲学者?みたいな人の登場を期待したい。



【関連記事】


《本『生物はなぜ死ぬのか』地球・生物・死生観…大局観を持つことの心地よさ?》




にほんブログ村 健康ブログ 健康法へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ このブログについて

0 件のコメント: