2026年3月24日火曜日

本『話が長くなるお年寄りには理由がある』老年的超越を目指す?

なぜヒトだけが幸せになれないのか』(小林武彦 著)という本に出てきた「老年的超越」(Gerotranscendence ジェロトランセンデンス)という言葉に興味を持って、ネットで少し調べてみた(↓)。

《「老年的超越」:高齢者の幸福感は大きい or 幸福感の大きい人が長生き?》

もう少し詳しく知りたいと思って、読んでみた本がこれ(↓)。





以下、その読書メモ。

第1章に「老年的超越」に達したお年寄りの特徴的な言葉がいくつか取り上げられている。

「あれこれ考えない(気を遣わない)のよね」「こんなに元気なの、私くらいだよね」「明日、目が覚めないかもしれない」「生きているってつくづく不思議なことだと思う」

最後の言葉は、老年的超越の提唱者であるトルンスタムによると、「宇宙的意識の獲得」「神秘性や生命の神秘に対する感受性の高まり」ということになるのだろう。

でも私の場合、小さい頃から「なんで自分は自分なのだろう?」みたいな変な疑問を持っていたので、今でも、細胞などのミクロな世界が自分の身体を構成し、全体が統制の取れた動きを続けていて、自分が「生きて」いるのが不思議でならない。

そういう感覚と超高齢者の「不思議」は違うのかもしれないが…。


「高齢者心理学」の分野では、1960年頃から「活動理論 v.s. 離脱理論」という論争が続いていた(今も?)ようだ。

「活動理論」(Activity Theory)というのは、一言でいうと高齢者は「生涯現役」であることが理想であり幸せだという考え方。今はこれが主流かも知れない。

「離脱理論」(Disengagement Theory)というのは、社会から少しずつ引退し、離脱していって、穏やかな生き方をする方が幸せだ…という考え方。

長寿化が進み、高齢者の健康レベルも上がっていることを考えると、80〜85歳くらいまでは「活動」で 85歳以降(90歳代〜100歳代)は自然と「離脱」になるのが平均値?


いつまでも現役を続けるための高齢者向けの方略を提唱した学者もいる。バルテスの「SOC 理論」と言われるもの。

加齢とともに増大するロス(喪失)を前提にした考え方。S=Selection、O=Optimization、C=Compensation で、目標を選択(絞り込み・切り替え)し、現在の能力にあったやり方に最適化し、外部からの援助や補助器具などの「補償」を導入する…ということ。

まぁ、若い頃と違うのだから、頭を切り替えて分相応な活動をしなさい…ということだろう。私の場合、「補償」という意味では、視力の衰えをカバーするのに老眼鏡だけでなく、拡大が可能な電子書籍などのお世話にもなっている。


SOC の成功例として、ピアニストのルービンシュタインが挙げられている ♪

レパートリーを厳選し(S)、その分練習時間を十分に取って(O)、弾き方にも工夫を凝らした。その工夫が「C」に相当するのだが、彼は速いフレーズの前ではよりゆっくり演奏することで、速い部分を印象づける…という手法をとったそうだ。


エリクソンの「8段階の心理社会的発達理論」というのがあり、人が生まれて老年になるまでに 8つの発達段階があって、それぞれに心理社会的な課題が存在し、それをうまく解決することが必要だとする説のようだ。

社会に出てからが第6段階(成人期)で、課題は「よきパートナーを見つけること」、次の第7段階(中年期)では「次の世代を育てること」、最後の第8段階は老年期で「人生を振り返ってそれを受け入れること」が課題となるそうだ。

エリクソンがこの説を唱えたのは 1950年代で、平均寿命は 60歳代。本人が 80歳代になった晩年には「第9段階」を想定したようだ。「高齢者」にも幅があることは要注意。


高齢者は「感情との付き合い方」が上手い…という観察があるようだ。

一つは「感情調整」というもの。自分にとって良くない出来事があったときに、①出来事を再評価する(思い直す、良い面だけを見る)、②ネガティブな感情表出を抑えたり紛らわせたりする…という二つの方法で感情を「調整」するというもの。

もう一つは「社会情動的選択理論」というもので、「感情をポジティブにするために、行動を選んでいく」という説(方法)。行動の結果が感情というだけでなく、望ましい感情状態に持っていくために行動を変える・選択する…という考え方。

そもそも「出来事」と「感情」は、随伴するものではあるが、因果関係ではない…ということを再認識する必要がありそうだ。ダライ・ラマが言っていたことだと思うが、人の言動に「反応」してはいけない、自分の中に一旦取り込んで冷静に処理すべし…みたいなことに繋がる話だと思った。

これは、ちょっと取り入れたいかも…(^^;)。


トルンスタムの元の説にはない「感謝の気持ち」と「無為自然」というのは、日本の高齢者の特徴のようで、日本版「老年的超越」の要素には追加されている。

「ありがたい」「〜のおかげ」の気持ちは本当に大事だと思う。「無為自然」の中にも「自然」(宇宙、Something Great )という大きなものに生かされている…という気持ちがこもっているものと思う。


注意しなくてはいけないのは、「老年的超越」は目指すべきものではない、超高齢者(90歳〜)になると、そうなる人がそれなりに多くなり、その人たちは幸せそうに見える…という観察結果でしかない。

とくに若い高齢者?(60歳代〜70歳代)は、心身の健康に気をつけながら「活動理論」をベースに自分のペースで頑張るべきだと思う。


著者の「長寿者と性格の関係」を調べた結果として、とてもいいことが書いてある。

「長寿と一番関係が深いと考えられているのは『誠実性』です」

「『誠実性』というのは、几帳面で仕事が丁寧である、約束や人の期待を裏切らない、目標達成のために頑張る、仕事を最後までやり遂げる、犯罪に走らない、危険なものを求めない、といった性格傾向です」

こういう人は、自分に対する自信も持っていて、有能感も高い人が多いそうだ。「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」。


それから、長生きする人の特徴として、「ストレスをためない人」「好奇心の高い人」というのが挙げられている。まぁ、そうだろうな…と思う。

…と、色んな知識を得ることは出来たが、注意しなくてはいけないのは、「高齢者」といっても 60代・70代・80代・90代・100代…で違うこと、育った環境や活動してきた時代や国・社会などでも違うし、もちろん個人差もあるということ。

なので、自分のことを自分で考えることが大事だと思う。


あと、この本の最後に「身体の衰えを強く感じ始める七十歳代は大変センシティブな年代」と書いてある。

様々な適応の悩みを抱えるという点で、『第二の思春期』といってもいいのではないでしょうか」とも…。

私自身まさにその渦中にいる。身を引き締めてうまく乗り切りたい…(^^;)。


そのためにも、『なぜヒトだけが幸せになれないのか』に書いてあった「何か好きなことに没頭し、あるいは成長や目標のために努力し、ベターを目指すこと」を教訓にしたい。

人類全体の目標として挙げられていた「宇宙の解明」「賢くなること」「不老不死」も、まったく無理と思わず、少し考えてみるか…(^^;)。

宇宙とまではいかないが、最近「自然界」や「人間」のことをもう少し知りたいと思うようになり、「賢くなりたい」は持続しているつもりだし、「不死」は無理でも「不老」に少しでも近づきたいとは思っている。

気持ちだけでも壮大な目標を持って、限界を設けず成長を目指すとするか ♪「老年的超越」の中の「感謝」「利他性」「一人の時間」「無為自然」なども大事にしながら…。



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