『なぜヒトだけが幸せになれないのか』(小林武彦 著)という本を読んだときに「老年的超越」という言葉が気になったので、いくつか記事を読んでみた。
この言葉は 1989年にスウェーデンの社会学者ラルス・トルンスタムが唱えたもので、「85歳以上の高齢者が持つ(超越した?)心理状態」を指していて、そういう高齢者は幸福度(↓)が高いとされている。
出典:✏️“超高齢者”が至る「老年的超越」とは。幸福度は50代から右肩上がりに!(家庭画報.com)
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最初に読んだ本の説明では、「老年的超越」というのは、
「死に近づいているにも関わらず、自己肯定的で他者に対する感謝や利他的な精神にあふれており、効率・競争・利益などの世俗的な欲望からも解放される…」といった境地を指すようだ。
これを読んだとき、悟りを開いたお坊さんや仙人のようなイメージを持ったのだが、トルンスタム氏は「老子」の影響も受けた人のようなので、なるほど…と思った。
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「老年的超越」には下表に示す 8つの要素があるそうだ。元々のトルンスタム説では 7番目までしかなく、表現もやや異なっている。その対応も示す表となっている。
出典:✏️人生100年時代の幸福感(PDF: 東京都健康長寿医療センター)
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この 8項目を眺めると、もう人生でやるべきことはやった、あとはゆったりと天国に召されるのを待つだけ…といった、ある意味「人生の成功者」の満ち足りた晩年…みたいなものも感じられて、ちょっと羨ましい気もする…(^^;)。
老子の「無為自然」や「知足」(足るを知る)にも通じるものもあるし、東洋人の心性にはよく馴染むものに思える。まぁ「現代人」は違うのかも知れないが…。
一人でいることが好きで(項目2)、見栄を張る必要もなく(項目5)、ありのままの自然体で暮らす(項目8)…という 3項目が、とくに幸福感に寄与しているそうだ。
- 「ありがたさ」 「おかげ」の認識
- 内向性:一人でいることの良さが分かる
- 二元論からの脱却
- 宗教的もしくはスピリチュアルな態度
- 社会的自己からの脱却:見栄を張らない
- 基本的で生得的な肯定感 :自己肯定感・ポジティブな感情
- 利他性
- 無為自然:ありのまま・頑張らない
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85歳(70歳?)くらいまで生きていれば「老年的超越」という「幸せな状態」が待っているよ…みたいな表現もみられるが、逆のような気もしないでもない。
「老年的超越」のような心理状態にある人(そうなれる人)が、結果的に長生きする確率が高くなる…というのが実態なのかも知れない。
まぁ、どちらでも構わないのだが、「1. 感謝の気持ち」「2. 一人でいる時間も大事」「3. 世の中は二元論ではない」「6. 自己肯定・ポジティブ」「7. 他者に対する敬意」などの考え方・気持ちは、もっと若い頃から培うべきものだと思うのだが…。
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試しに、自分自身の今の心境をこの 8項目でチェックしてみた。
- 「ありがたさ」 「おかげ」の認識 → 少し前から「感謝」の気持ちを大事にしている
- 内向性 → 一人でいることは元々好きな方
- 二元論からの脱却 → すべては「グラデーション」だと思う、多様性も大事
- 宗教的もしくはスピリチュアルな態度 → 元々 "Something Great" を信じている
- 社会的自己からの脱却 → 見栄はまだ少し残っているかな…(^^;)
- 基本的で生得的な肯定感 → 自己肯定感はあるつもり
- 利他性 → 自己中心的ではないつもりだが「利他」までは行ってない
- 無為自然 → ありのままを認め、頑張り過ぎない…という気持ちはある
思ったよりは「老年的超越」に近いところにいるのかも知れない…(^^;)?
5. は、「見栄」は以前より減っているとは思うがまだ残っているようだ。「社会へ向けての自己主張(意見)」は、世界が険悪になり世の中がおかしくなるにつれて、むしろ増えている…?ただ、それを強く主張するようなことはなく、ある意味「諦め」ているかも…。
7. は、他人を尊重する気持ちもあるし、自己中心的な考え方はそれほどしていないと思うのだが、例えば「利他的=自己の利益よりも他者の利益や幸福を優先する態度や行動(by Google AI)」というところまではいってない。
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…と、少し調べた範囲の感想としては…。
この「老年的超越」で挙げられている 8項目というのは老年に限ったものではなく、「人間性」「人間観」とか「世界観」「社会観」あるいは「哲学」?みたいな観点でもっと幅広く議論されていいものなのでは?…と思った。
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